3社から内定をもらって、転職しなかった話【会社員2年目の実録】


「今の会社を辞めたい。でも、転職だけが道なのか」——そう迷っている方に、先に結論をお伝えします。私は会社員2年目のときに転職活動をして、3社から内定をもらい、そのうえで転職しませんでした。そして3年目に会社を辞め、僧侶として寺に就職し、同時にデザイン会社を起業しました。

内定を蹴って会社に残る。傍から見れば「転職活動が無駄になった」ように見えるかもしれません。でも実際は逆でした。あの転職活動は、私のキャリアでいちばん意味のある「無駄」だったと今は思っています。

この記事は、運営者(葛城侑馬)の実体験の記録です。誰かに転職をすすめる記事でも、引き止める記事でもありません。「転職活動をした結果、転職しないと決める」という選択肢があること。それだけを、実録として残しておきます。

なぜ会社員2年目で転職活動を始めたのか

私は当時、一般企業に勤める会社員2年目でした。

転職活動を始めた動機は、正直に言えば、多くの人とそれほど変わらないと思います。「このまま今の会社にいていいのか」という漠然とした迷い。それが消えないまま日々が過ぎていくことへの、うっすらとした焦り。

一般に、転職を考え始める理由としては「仕事内容へのミスマッチ」「将来への不安」「環境を変えたい」などが挙げられるとされますが、私の場合も、何かひとつの決定的な事件があったわけではありません。「辞めたい」というより「外を見てみたい」に近い感覚でした。

ただ、頭の中で「辞めようかな」と考え続けるだけの状態は、思っていた以上に消耗します。答えの出ない問いを毎日反芻して、何も進まない。それなら一度、実際に動いて確かめたほうが早い。そう考えて、2年目のうちに転職活動を始めました。

3社の内定を得て、見えたこと

結果として、3社から内定をもらいました。

このとき最初に感じたのは、達成感というより安心感でした。「自分は今の会社の外でも、必要としてくれる場所がある」。それが確認できただけで、それまで頭の中にあった靄のようなものが、かなり晴れたのを覚えています。

そしてもうひとつ、内定が揃った段階で気づいたことがあります。

内定を3つ並べてみても、「行きたい」という気持ちが湧いてこなかったのです。

転職活動を始める前は、「どこかに受かれば、きっとそこに行くのだろう」と漠然と思っていました。ところが実際に選べる状態になってみると、自分に問われているのは「どの会社に行くか」ではなく、**「そもそも自分はどう働きたいのか」**という、もっと手前の問いでした。

内定は、その問いに正面から向き合うための材料をくれました。選択肢がゼロのまま考える「辞めるべきか」と、選択肢を3つ手に持って考える「辞めるべきか」は、同じ問いでもまったく質が違います。

それでも転職しなかった理由——内定は「辞められない」を消してくれた

私は3社の内定をすべて辞退して、会社に残りました。

理由を一言でいえば、「辞められないから残る」と「辞められるけど残る」は、別物だと気づいたからです。

転職活動をする前の私は、「辞めたい」と「辞められない」の間で揺れていました。この状態のいちばん苦しいところは、残るという選択が「消極的な結果」にしかならないことです。動かなかったから残っている。選んだのではなく、選べなかった。

ところが内定を得た後は、状況が変わりました。いつでも辞められる。行き先もある。**それでも残るなら、それは自分で選んだ「残る」**です。

同じ会社の同じ席に座っていても、「ここしかないから居る」のと「ここに居ると決めたから居る」のとでは、日々の仕事への向き合い方が変わります。私の場合、転職活動と3つの内定は、転職先ではなく**「残る」という選択に納得感を与えてくれるもの**でした。

そしてもうひとつ。内定先の条件を眺めながら考えるうちに、自分が本当にやりたいことは「別の会社に移ること」では満たせないのではないか、という感触が残りました。この感触が、のちの決断につながっていきます。

3年目の退職、そして僧侶と起業という選択

会社に残って1年ほど経った3年目に、私は退職しました。

選んだ道は、転職ではありません。僧侶として寺に就職すること。そして同時に、建築設計の実務を活かしたデザイン会社(FOYMA)を起業することでした。

2年目の転職活動でわかったのは、「会社を移る」という選択肢の中に、自分の行きたい場所がなかったことです。3社の内定はどれもありがたいものでしたが、どれを選んでも「会社員として別の場所で働く」ことに変わりはない。私が向き合いたかったのは、その枠の外にありました。

もし2年目に転職活動をしていなかったら、どうなっていたか。おそらく「一度くらい転職してみるべきだったのでは」という未練を抱えたまま、退職の決断はもっと遅れていたと思います。「会社を移る」という選択肢を実際に手に取り、中身を見て、そのうえで戻したからこそ、次の決断に迷いがなかった。転職活動は、転職のためではなく、その後の人生の意思決定のために効きました。

転職活動には「転職しない自由」もある

最後に、この実録から言えることを整理します。私の体験にもとづく視点であって、誰にでも当てはまる正解ではない前提で読んでください。

  • 転職活動と転職は、切り離して考えていい。 活動を始めたからといって、辞める義務はどこにもありません。内定を辞退して残るのも、正当な結論のひとつです。
  • 内定はゴールではなく、選択肢の獲得。 内定を持った状態で初めて、「残る」が消極的な結果ではなく能動的な選択になります。
  • 「辞めたいかどうか」は、動いてみないと確かめにくい。 頭の中だけで答えを出そうとすると、同じ場所を回り続けます。私は実際に外を見たことで、ようやく自分の迷いの正体がわかりました。
  • 選択肢は「会社を移る」だけではない。 私の場合は僧侶と起業でした。転職活動は、その枠の外に本命があると気づくきっかけにもなり得ます。

今の会社を辞めたいけれど、転職だけが道なのか迷っている——そういう方にとって、転職活動は「転職するための活動」である必要はありません。自分の現在地を確かめ、「残る」も「離れる」も自分で選べる状態を作るための活動として使えます。

私は3社の内定を辞退したことを、一度も後悔していません。あの内定たちは、行き先としてではなく、自分の足で立って選ぶための足場として、ちゃんと役目を果たしてくれたからです。